孤独は人を食べてく

『法政大学キャンパスで2025年1月10日に起こった出来事に 思うこと』

無関係なまま今回の被害にあった方たちには、本当にお辛いことだ、自分だったらマジ冗談じゃないふざけるな、という気持ちになる

でも、今の日本を席巻するメンタリティだと表出するかしないかだけで、誰でもこうなりえるよなって思った

 

実際の経緯について、今後事実が明らかになっていくと、なんで不満が抑えられなかった?とか、なんで会えなかった?とか、今更修正できないところに論点がいく、まぁ裁判なら当然だ

仲間はずれの状況は実際あったんだと思う、その程度や当人の感度の差こそあれ

で、たぶん精神鑑定になって、減刑、執行猶予、無罪とかになってく

 

起こった出来事を正確に整理するとともに、周りからできることは、誰にも何もなかったか?を考えることも、同じくらい大切にしたほうがいい、と私は考える

 

引き金に指をかけて、でもまだ引いてない、ギリギリの人はたくさんいるでしょう 私もそうだし

頼ると自分弱いのがばれるからいやだから家族にも言えない、頼んでも相手嫌そうだし、マウントとられるのもいやだし だいたい相手が全部悪い…

と とぐろをまいてるうちに、恨みがあなたを包み込んで離さなくなり

そうやって精神が壊れてく、ような気がするのです

孤独が人を覆い切ってしまう前に

誰かに頼れたら 話ができたら 共感までいかなくても話す相手が存在してたら ただの義務でも誠実なつながりが複数あったら

少しは違った?